なぜだか生きてゆく私

何もないOLがコツコツ更新する雑記

震災から5年の今/前を向くために読む詩

東日本大震災から5年が経ちました。
当たり前のことですが5つ年を取りました。
0歳の赤ちゃんが5歳の保育園児になることはすばらしいことです。
15歳の中学生が二十歳で成人になることも、すばらしいことです。
なのに二十歳を過ぎれば、年をとることは、それに伴って衰えていくことを意味するようになります。嫌ですね。
ソフィーナプリマヴィスタの「マイナス5歳肌」というキャッチコピーが胸に突き刺さるようになりました。石原さとみがかわいすぎて薬局で絶句!

でもこの5年、生きていたからこそ、年を取ったのです。
なぜだか分からないけど、生きてきてしまいました。このブログの題の通りですね。死んでしまったなら、そうじゃなかったのに。生きてきてしまったのです。

あの日人生というお皿の上にあったものがすべてひっくり返りました。この5年は、ぐちゃぐちゃになったお皿になんとか形になるように、きれいに見えるように、ごはんやおかずを盛りつけようとしてきた5年だったと思います。元通りにはもうできない、ということは、考えないようにしてきました。いつか死ぬまでに、なるべくきれいで、おいしい料理の載ったお皿にできればいいと思います。



震災復興の進捗や課題については、地元新聞社の記事を読むのが一番だと思います。(参考リンク→河北新報オンラインニュース / ONLINE NEWS

TBSラジオ「セッション22」でも、他のメディアとは違った視点でのレポートが聞けます。(去年の内容が素晴らしかったので今年もチェックする予定です。というか、今現在進行形で聞きながらこの記事を書いています。)
政治的、社会的な視点から震災について書くことは私にはできません。
私個人としては、詩をひとつ紹介したいと思います。


涙をぬぐって働こう 丙戌最首に
三好達治

みんなで希望をとりもどして涙をぬぐって働こう
忘れがたい悲しみは忘れがたいままにしておこう
苦しい心は苦しいままに
けれどもその心を今日は一たび寛ごう
みんなで元気をとりもどして涙をぬぐって働こう

最も悪い運命の颱風(たいふう)の眼はすぎ去った
最も悪い熱病の時はすぎ去った
すべての悪い時は今日はもう彼方に去った
楽しい春の日はなお地平に遠く
冬の日は暗い谷間をうなだれて歩みつづける
今日はまだわれらの暦は快適の季節に遠く
小鳥の歌は氷のかげに沈黙し
田野も霜にうら枯れて
空にはさびしい風の声が叫んでいる

けれどもすでに
すべての悪い時は今日はもう彼方に去った
かたい小さな草花の蕾は
地面の底のくら闇からしずかに生れ出ようとする
かたくとざされた死と沈黙の氷の底から
希望は一心に働く者の呼声にこたえて
それは新しい帆布をかかげて
明日の水平線にあらわれる
ああその遠くからしずかに来るものを信じよう
みんなで一心につつましく心をあつめて信じよう
みんなで希望をとりもどして涙をぬぐって働こう
今年のはじめのこの苦しい日を
今年の終わりのもっと良い日に置き代えよう

もともとこの詩は終戦直後の1946年に発表されたもので、この詩でいう「最も悪い運命」「最も悪い熱病」は第二次世界大戦を指します。でもこの詩の、絶望の中にある心を引き上げるパワーは普遍的なものといえるでしょう。
第三連の「けれどもすでに」の力強さ。分厚い、重い扉を全身で押しあけるような強さに励まされます。

三好達治詩集 (ハルキ文庫)

三好達治詩集 (ハルキ文庫)

 

くたくたに疲れた時、文庫を手にとって読み返すようにしています。

引用した 詩は上記の文庫と同じ表記です。
旧漢字・旧かな遣いを新漢字・新かな遣いに置き換えてあります。

セッション22を聞きながら書きました。
詩集の紹介でした。